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円山ため小児科院長のコラム(バックナンバー)

舌の記憶・・3 「琴似武道館とコーヒー牛乳」
小学校5年生から中学校3年生の夏まで、柔道をやっていました。小学校の時は、近くの「琴似武道館」で週3回の練習。中学に入ってからは、柔道部に入ったので部活も重なり、日曜日以外は練習日でした。 
その当時、琴似神社の裏手にあった「琴似武道館」が練習場所でした。60畳くらいの柔道場と、板張りの剣道場兼空手練習場がありました。柔道場では、一度に6組の乱取りが出来たと記憶しています。練習時間は、全部で1時間30分くらいだったでしょうか。準備体操から始まり、ストレッチ、打ち込み、乱取り、筋トレと黙々と練習をこなしていきます。 
強豪校でしたので、顧問の先生以外にも、大学生や警察官、柔道連盟の先生方にも指導を受けました。特に5月から7月の時期は、中体連前ですので練習が厳しくなります。練習開始30分で、柔道着は汗だらけ。背中に汗が流れ落ちます。 
当時はまだ、スポーツ医学が発達していませんでしたので、練習中の給水は厳禁。当然エアコンもありませんし、暑い日の練習は大変でした。練習の終わりには、のどがカラカラ。少々頭がボーっとしたことも、何度かありました。今で言う「熱中症」の初期症状だったのでしょう。 
練習後は急いで着替えて、武道館を出ます。神社の横を通り抜け、琴似本通りの交差点に向かいます。目指すは交差点にある、お菓子屋さんです。「久住書房」「いこい食堂」を過ぎ、到着。店の一番奥の冷蔵庫には、お目当ての「雪印コーヒー牛乳500ml」。当時130円くらいだったでしょうか。小銭を渡し、受け取り、パックの口を開け、一気に口の中に流し込みます。ごくごく、のどが鳴ります。冷たくて、少し甘いコーヒー牛乳が、あっと言う間にお腹に入っていきます。「砂漠の砂に、水が浸み込むように」という表現がありますが、正にこの感じです。干からびた体に、冷たさと甘みが、大変気持ちよく、美味しかった記憶があります。 
感受性が豊かな精神と、若く元気な肉体、そして練習後の解放感が加わり、強く記憶に残っているのだと思います。残念ながら、今では絶対に味わうことが出来ません。暑いこの時期、妙に恋しくなります。
舌の記憶・・2 「ミネさんの、チャーハン」
私が小学校低学年の頃ですから、昭和43年前後だと思います。実家の向かいに、ラーメン屋ができました。『味のミネ』が店名です。近所の人は「ミネさん」と呼んでいました。
L字型のカウンター席が十、4人掛けのテーブル席が二つの、小体な店構えでした。30代半ばの店主と奥さんが二人で立ち働く、今で言う「町中華」です。奥の棚にはテレビが置かれ、テーブルの下には、油染みのある週刊誌やスポーツ新聞。昼時分には、あらかた席も埋まる、中々の繁盛ぶりでした。
 メニューは、いたってシンプル。「ラーメン」は、醤油・味噌・塩、「チャーシューメン」。焼きそばは、ソースがベースの「柔らか焼きそば」、麺を一度油で揚げ、中華餡を掛けた「固い焼きそば」。丼物は、「親子丼」「かつ丼」。そして、「チャーハン」に「餃子」くらいの、種類だったと記憶しています。
 私のお気に入りは、「チャーハン」でした。御飯の他には、タマゴ、玉葱、ナルト、チャーシューを細かく刻んで、ラードで炒めただけの、極めて単純な作りのものでした。細く刻んだ紅ショウガが少々、申し訳なさそうに、てっぺんに乗っています。
 全体がベタッとした印象で、色も黄色というより薄茶がかり、一部の具は焦げています。パッと見には、それほど食欲をそそる見栄えではありません。
 でも不思議、一口食べると、これが美味しいのです。少しばかり焦げたラードの濃厚な香りが、鼻孔からふわりと入り込んできます。同時に、炒められた御飯が、タマゴ、玉葱とチャーシュー、ナルトが絡み付いたまま、両頬と舌を満たします。大きな中華鍋で炒められているので、御飯もパラパラです。ハフハフと、一口、二口、三口と食べ進め、紅ショウガで口直し。合間にコップの水をゴクリ。ものの数分で、完食です。
 あの頃は月に何度か、無性に食べたくなって、週末の昼食に、よく両親にねだったものです。
 「はい、毎度ありがとうございます。お釣りは、200万円!」
今で言う、おやじギャグですが、笑いながら毎回釣銭を渡してくれました。
店は奥様が体調を崩され、随分前に閉店しました。懐かしく、もう一度食べたい、思い出の「チャーハン」です。
舌の記憶・・1  「コロンバン」のメロンジュース
私が幼稚園に通っていた頃ですから、もう50年以上前の事です。同居していた祖父が楽器店をやっていました。本社が中央区南1条西5丁目、現在の「ホテルオークラ札幌」の場所、支店が南3条西2丁目・旧「HBC三条ビル」の二階にありました。
 初孫だったこともあり、よく祖父にくっついて、街中まで遊びに行ったものです。祖父が社長の会社ですから、文字通りの“社長出勤”。家を出るのは10時過ぎだったと、記憶しています。
 本社に顔を出し、社内で少し話をしてから、すぐに二人で支店に向かいます。当時の「HBC三条ビル」は、札幌で一番の高級テナントビル。地下一階〜二階に、東京に本社がある、一流店が並んでいました。3階から上は、当時としてはモダンな造りの、アパートになっていました。
西側の1階入り口右手に、子供服の「サヱグサ」。左手の階段を上ると、支店があり、向かいには「資生堂美容室」があったと、記憶しています。地下は飲食街で、ステーキの「スエヒロ」、喫茶室の「コロンバン」などが、入っていました。
祖父は支店に到着すると、仕事があるようで、小遣いを女性従業員に渡し、私の相手をさせるのが常でした。2階から1階を一回りして、地下の飲食街へ向かうのが、いつものコースでした。
「アッちゃん(私の愛称)、のど乾いたでしょ。ちょっと休もうか」。地下の「コロンバン」に近づくと、お誘いの声がかかります。
 案内されて、いつもの通路側のボックス席に座ります。一応メニューは見ますが、いつも頼むのは『メロンジュース』でした。具体的な値段の記憶はありませんが、メニューの中でも、一番か二番に高価だったと思います。
 当時メロンは、滅多に口に入る事はなかった“高級品”でした。マスクメロンのジュースは、しゃれた模様の柄のついたグラスに注がれ、うやうやしく私の前に置かれます。
 早速ストローで、若草色のジュースを一口。さわやかな酸味と、甘味、そしてトロッとした果肉の刺激が、口の中いっぱいに、広がります。一気に飲むのはもったいないので、少し間隔を空けながら、ゆっくりと、一口、一口。小さな私にとっても、幸せな、素敵な時間でした。
「移転します!」
2001年10月、現在の場所に開業してから、16年になります。建物の老朽化等の問題が発生し、2017年11月に、移転する事になりました。
 移転する場所は、今の場所から信号二つ西側、中央区北1条西23丁目のビルの3階です。「東光ストア」の道路を挟み、東側になります。現在建設中で、10月末には引き渡しが行われる予定です。

 移転の話が出てから、2年近くの間、北一条通沿いの近所の物件を、色々と探しましたが、なかなか条件に合うものがなく、新しい大家さんにビルを建ててもらい、テナントとして入ります。
桑園地区、旭ヶ丘、北5条通り沿い、大通方面など、他の地区での移転も考えましたが、結論として近所に移る事にしました。

ご存知のように、円山地区はマンションやテナントビルの建設が盛んで、適当な広さの空き地もありません。地価も年々上昇しています。
 地価が高い地区での移転ですので、残念ながら現在のクリニックの様な広さは、確保できませんでした。待合室も狭くなり、プレールームも設置できません。専用の駐車場も確保できませんので、近隣のコインパーキング等を利用していただく事になります。1階には薬局、2階には内科(2018年4月開業予定)が入る予定です。

 建設会社の人たちと、何度も話し合いを重ね、狭いながらも最大限使い心地が良くなるように、頭を悩ませました。予算内で、できるだけ素敵な設備・内装になるように、スタッフ共々考えたつもりです。

 初心に立ち返り、新たな気持ちで、仕事をしていきたいと思っております。ご不便をおかけする事も、多々あると思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。お気づきの点がありましたら、気軽に声を掛けてください。
診療時間・ワクチン時間には、変更がありません。
 尚、近隣のコインパーキングに駐車しての来院には、駐車料金の一部を補助させていただきます。受付にお申し出ください。

移転先 札幌市中央区北1条西23丁目 RK円山鳥居前ビル 3階
TEL 011−623−5755(変更ありません)
2017年11月4日(土)〜 新クリニックでの診療になります。
「東京に学会出張」
 6月16日〜18日、東京国際フォーラムに於いて、日本アレルギー学会があり、出席してきました。以前は年に2回の開催でしたが、数年前からは年1度の開催になり、毎年参加しています。内科・小児科・耳鼻科・眼科・皮膚科など、多くの科が関連する学会ですので、参加人数も国内最大級です。
 16日の朝の飛行機で、東京へ。会場到着は13時でした。受付を済ませ、午後〜夕方まで、シンポジウムに参加。
 18時にホテルにチェックイン。今回の宿舎は「東京ステーションホテル」です。以前から泊まってみたいと思っていましたが、部屋数が少なく、歴史がある人気のホテルなので、今回やっと予約が取れました。
 “方向音痴&高所恐怖症“の私にとって、東京駅丸の内出口・直結で、しかも4階建てのホテルは、正に理想の条件です。入り口が少々分かりにくく、ロビーまでの廊下は決して広くはありませんが、隠れ家感満載です。建物全体は、以前のホテルをベースに改築されましたので、落ち着いており、浮ついた所のない内装で、しっかりと歴史が感じられる印象です。松本清張がお気に入りだった部屋があり、プレート表示されています。この部屋から東京駅のホームを眺めていて、有名なトリックを考え付いたとの事です。客室の広さは普通ですが、天井が少し高く、シックな室内です。
 夜はこの4月から、東京に住む娘と食事。待ち合わせが遅かったので、ホテル内のイタリアンを予約しました。夏野菜を上手に組み込んだ、なかなか上品なお勧めコース料理を、近況報告を聞きながら味わいました。初めての一人暮らしで、大変かなとも思っていましたが、大学の授業も思いのほか忙しく、バイトも頑張っているようで、安心しました。娘は飲まないので、結局私一人で赤一本、空けてしまいました。少々飲みすぎです。

 翌17日は8時30分から17時まで、学会に出席。この日は東京にいる、高校時代からの友人二人と、軽く飲み会です。
 集合は18時に、A君が行きつけの、浜松町駅近くの蕎麦屋です。少々早く着いたので、北口から5分の店に向かいました。土曜日という事もあり、こぢんまりとした店内には、三人連れの先客が一組。初夏の夕暮れ、静かな空気が流れていました。
 A君に続いて、B君も5分前に到着。今でも年に数回会う間柄なので、堅苦しい挨拶もなく、すぐにビールで乾杯です。A君は今話題になっている、「東芝」の部長です。売却を予定されている、半導体の担当なので、この数か月色々な交渉や調整を続けていて、相当な仕事量をこなしているらしく、少々お疲れ気味でした。食事中もスマホが鳴り、しばし中座。
 B君は東京大学、西洋史の主任教授。同級生の出世頭です。ギリシャ史が専門で、本も出版され、この頃はテレビや雑誌にも登場します。日本を代表する大学で研究し、学生や院生の教育に携わっていますが、組織内で生き抜くのは、ストレスが多いとこぼしていました。まあ、それも仕方ありません、選ばれた人間なのですから。
 近況報告や思い出話を肴に、A君のキープしている芋焼酎を水割りで。谷中生姜、出汁巻き卵、水茄子、鶏の照り焼きなど、お店のお勧めはどれも美味しく、お酒が進みます。締めは“せいろ”を大盛りで。私自身は、札幌の蕎麦屋で飲む習慣はないのですが、なかなか良いものですね。A君曰く、「東京は蕎麦!」。
 A君、B君、そして娘とも、夏休みには札幌で会えるはずです。それまで、お互い元気で行きましょう!