
精神科を訪れる患者さんを長年診てきて、私が一番感じることは、彼等は「頭だけで生きている人たち」であるということです。
さらに言えば、「何らかの理由で、頭だけで生きざるを得ない状況に追い込まれている人たち」とも言えるでしょう。こうした状況はさまざまな現代社会の特殊性から生まれてきたものだと思います。
「カラダ」というとき、「体」とも「身体」とも書きます。「身」とは単なる肉体的な体ではなく、触覚や内臓感覚をも含んだ感覚的な存在としての「カラダ」を意味します。また心身とも言いますが、心と身体はお互いに協力し合い一個の人間存在のバランスを保っています。このバランスが崩れると、様々な身体症状が出現します。不眠、心身症、パニック障害、さまざまな自律神経症状、解離や体への転換症状(これらはヒステリー症状と言われている)などが代表的なものです。身体が心を助けることもあれば、心が身体を助けることもありますが、これが生物・動物としての人間と社会的な存在としての人間の自然な姿です。心の働きの中でも、情緒や感性、直感などは、目に見えるもの数値化されたものや時間、効率に縛られた現代社会では、非理性的あるいは不合理なものとして排除されています。智恵ではなく知能あるいは知識が尊重され、じっくりと本物を求めようとしても効率や便利さ、正確さ、速さが支配する世界となっています。こうした状況が心身のバランスを崩しているのです。
それとは反対に、ゆとりや余裕、寛容・寛大さのある状態では、じっくりと自分自身を見つめることができます。たとえ病気になったとしても、病気は自分自身を見つめる一つの契機となります。病気はたとえ病名が同じであっても、病像は一人ひとりの患者さんで全く異なるものです。一人ひとりの患者さんを尊重し、病気を「その患者さん独自の不快な環境」と捉え、患者さんと一緒に「少しでも楽になる方法」を模索するような医療を目指したいと考えています。
【私の目指す医療】